日本とつながるまち Leiden

ライデンは日本語学科のあるオランダ最古の国立大学ライデン大学、日本にも滞在したシーボルトの旧宅を改築し、彼が日本からもちかえった地図や絵画などを展示したシーボルトハウス、その博物館の前で1日だけ行われるおまつりジャパンデー、日本庭園もあるライデン大学植物園と、なにかと日本にゆかりのあるまちです。

アムステルダムやロッテルダムのような大都市ではなく、落ち着きのあるこぢんまりとしており、アムステルダムからも電車で35~40分で着くので、まちでぽちぽちと見かける日本のかけらを探しに訪ねてみるとよいでしょう。かつては本屋のまちとして知られていましたが、その面影はあまりありません。

ライデンでは、中心街の真ん中でライン運河がなだらかな弧を描いているので、他のまちではあまりお目にかからない印象的な風景があります。

そのライン運河を境にまちが北と南に分かれますが、その間をつなぐ橋がこれまた趣深い。

この白い橋はKoornbrugといいます。訳すととうもろこし橋。1642年に建築され、その名の通り、この界隈でとうもろこしなど穀物の貿易を行っていたそうです。19世紀には屋根がつけられ橋の上でもとりひきができるようになりました。2007年化粧直しされて、白亜の橋としてライデン中心街のシンボルになっています。橋のたもとにはカフェもあるので、ひとやすみにも絶好の場所です。

そして、風車De Putとレンブラント橋。17世紀に作られた橋は1817年に破壊され、元の橋を復元する1983年まで、ここには橋がかかっていなかったそうです。橋と一緒にレンブラントがここに住んでいた時代にあった風車も復元されました。

ライデンでぜひ訪れたいのはDe Burchtという名の城塞です。正式にはLeiden Castle(ライデン城)といいます。11世紀、土を盛って人工的に作られた丘(motte)に建てられました。元々は木造だったそうですが、のちに現在残る石の城塞になりました。住宅として使われたことはおそらくなく、もっぱら市民の避難所として機能していたといわれています。16世紀、スペイン軍に包囲されたとき、市民たちはここにたてこもったと言われています。オラニエ公ヴィレムによるスペイン軍水攻め作戦で市民が解放された10月3日は、今でもライデン解放記念日としてまちをあげて祝われています。

歴史を感じさせる市庁舎、日本庭園もあるライデン大学植物園などを見た後は、小道に入って、昔ながらの面影を残すまちなみを堪能しましょう。

大通りから一本はずれてくねくねとした小路を歩くと、落ち着きのある大学都市というイメージの向こうに、交易の中継地、織物業として栄えたころのライデンが見えてきます。古都のハーレムやドートレヒトは昔が今につながっているという一本道の歴史を感じましたが、不思議なことにライデンは昔と現代が重なって両方が今を生きているようなそんな気配がしました。向こうのとおりから、昔の格好をした人がふっと横切っていくような。

 

 

 

 

 

 

2016-04-18 | Posted in Leiden, まち, 南ホラント州No Comments » 

関連記事

error: Content is protected !!