真夜中のクリスマス

去年のことです。クリスマスイブの24日の夜中、チャンネルをあわせると、カソリック教会のマス(ミサ)を生中継していました。厳かで美しい儀式に、オランダにいるにも関わらずこたつ&みかんだったためか、ゆく年、くる年を見ているようで、その場で体験してみたいなぁと思いました。

そして今年のクリスマスイブ、カソリック教会へ行ってみました。マスのスケジュールは教会によってそれぞれ違うようです。我々は、モニュメントデーで訪れたことのあるJacobus de Meerdere Kerkに行くことにしました。この教会は、レイクスミュージアムやアムステルダムを建築したCuypersが手がけ、当時は塔の高さがハーグ1番など、贅を尽くしネオゴシックスタイルの教会です。Cuypersはレイクスミュージアムやアムステルダム中央駅を建築したオランダを代表する建築家です。

「クリスマスイブの夜中のマスを体験したい!」と友人たちに告げると、一様に「それはいいことだ」と深くうなずくと同時に、「私は行かない」シグナルを送ってよこします。彼らが幼い頃、カソリックの家では本人の意向に関わらず日曜のマスは必ず出席しなければならなかったりと、義務と退屈と不条理が入り混じった思い出のひとつやふたつはもっているようで、改めて彼らと教会とのつきあいの深さを思い知らされたりします。

 

その夜は雨。くじけそうになりまりましたが、がんばって11時に到着。門はすでに開かれていました。

ポツポツと人が入り始めています。入り口で式次第をいただきました。なになに、23時30分まではオルガン演奏、その後の30分間は聖歌隊、みんなで讃美歌の合唱、そしてマスが始まるとな。その後の、Introitus(入祭唱)とか、Alleluia(アレルヤ)、Offertorium(奉献)など何のことかさっぱり分かりません。聖書幼稚園やキリスト教の高校に通っていたので、聖書や讃美歌など多少馴染みがあるものの、記憶をたぐればそれらは全てプロテスタント。カソリックのマスは生まれて初めてです。

パイプオルガンの演奏がしばらく続き、ぱっと周りが明るくなりました。

「神の御子は今宵しも」「きよしこの夜」など馴染のある讃美歌の後、司祭らが従者を伴って入ってきました。従者が振る振り香炉から漂う香りが違う世界に誘ってくれます。

司祭によるオランダ語・フランス語・英語・ドイツ語の4か国語による挨拶からマスは始まりました。誰も咎めなかったとは思いますが、祭式の最中は写真を撮るのがはばかれました。厳かであると同時に、信者と司祭の間の美しい調和を乱すような気がしたのです。

司祭の説教を聞くだけではなく、立ったり、座ったり、ひざまずいたり、祈ったり、献金したり、隣人と握手をしたりと、けっこう忙しかったです。どの瞬間に何を行うのかがまったくわからず、右左を見て半歩遅れて習いました。一方、他の人たちは空気を吸うがごとく自然に行っています。司祭が調べにのせてラテン語の典礼を詠い、それに信者が呼応します。なんて美しいんでしょう。歌劇の原点はここにある?と仮説がたつほどでした。聖体もいただきました。初めて口にする白くて丸い聖体は、かすかに甘い味がしました。

クリスマスイブのマスは、カソリックのコンサートのようでした。そして、何百年も続く儀式に身を委ねる心地よさ。自分の裁量をもとに行動することが推奨される現代だからこそ、自我をいったん手放し、そこに集う大勢の人と一緒に決められた形に従って儀式を行う。その行為が帰属意識を呼び覚まし、この上もない安心感をもたらしてくれると感じました。

マスが終わり、信者の退場に合わせてパイプオルガンもクライマックスに。最後の数秒だけ演奏を録音することができました。良質の音楽を聴いた後の心地よい余韻を残して教会を後にしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016-12-27 | Posted in 行ってきましたNo Comments » 

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